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からだとこころの感覚を通じて、今をよりよく生ききるために、何ができるかをわかちあう。

可能の感覚を手にする☆

達人の剣術を機械が再現
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    まさに神技。http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/others/p277b12f6dd8a0b1449a3a2b8309afe28
    | 古武道に関すること | 17:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    脳が描く、身体を操るイメージが上達の鍵
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      朝日新聞2015年2月2日の記事(一部抜粋省略)

      「脳の中の『カラダ』」 身体を操る、運動上達の鍵

      脳の中にはもう一つの「カラダ」がある。私たちが実際に運動するときに思い描く、身体の形や動きのイメージのことだ。

      「カラダ」は生身の身体を操る人形師のようなもの。二つの間に「いい関係」が築ければ、運動が早く上達したり、効果的なリハビリができたりする可能性がある。

      脳内の「カラダ」すなわち身体の形や動きのイメージの姿は、三つのネットワーク。

      身体が感じた相手の動きが、一つ目のネットワークに送られる。ここで、過去に覚えた運動のパターンから必要なものが取り出され、

      別のネットワークでは、選んだ運動を切り替えながら状況に応じた運動プログラムが作られる。

      これらが三つめの「高次運動領野」ネットワークで具体的なイメージとなり、運動の指令が身体に伝えられる。

      記事では、サッカーブラジル代表ネイマール選手の例をあげてます。相手ディフェンダーが迫ってくる映像を見る。すると同選手は、相手DFを抜き去るイメージをする。その時の脳を撮影したものは、スペイン2部リーグの選手と比べ非常に多くの部分が使われていた。

      同選手の鍛えられた身体と創造性豊かな脳内の「カラダ」洗練された関係は一日でなったわけではない。われわれ凡人が天才の域に達する方法は?

      鍵は、身体の感覚にある。

      脳内の「カラダ」すなわち身体の形や動きのイメージの姿は、身体から受けとる感覚信号をもとに運動指令を出す。視覚や聴覚、筋肉が緊張する感じ、足裏でつかむ地面の状態、風を切るスピード感など、様々な情報が指令のよりどころになる。

      情報通信研究機構の内藤マネージャーは、感覚入力を人為的に変えることが、運動上達に影響が大きいと実験。

      手に微弱な電流を流すことで、頭打ちだった運動の壁を乗り越えられると結果が出た。脳内のネットワークが活発化するのだ。

      ★ここからは筆者★
      微弱な電流を流す方法で上達を促すのが、良いかどうかわかりませんが、武道では、変性意識状態が鍵とか習いました。
      呼吸法と瞑想でその状態になる。

      過程も大切と思いますです。
      | 古武道に関すること | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      水月移写
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        意識や無意識領域、肉体の隅々まで安定させていれば、自分の身体に全てを写しだすことができる。

        こちらに攻撃の意志や対立的感情がない。すると意識が鏡のように静かになる。これが水月移写状態。

        相手の意識の起こりがこちらの意識に映り相手が動く前に行動が起こる。(先の先)

        すると相互に衝突しない。
        どちらの生命も守られている。

        しかし、具体的に刀で切りかかってくる相手と対立しないことは、自殺行為である。

        そこで何かヒントになるものを探しだしたのが、「受け入れる」という概念。

        受け入れるは、捨て身に当てはまる。

        積極的に生命を捨ててかかることにより、次の対策が見えてくる。
        つまり、自分の固定概念や既成概念でしか判断できない自分を捨てて、その瞬間のひらめきに身を委ねるということであり、
        「自分の中の生きるための智慧を引き出すきっかけ」と考えればよい。

        捨て身になるとは、自分を斬らせるという行動。相手が斬ってこようと微動だにしないことが大前提。

        相手の攻撃目標を確定させるために「斬らせる」しかし、この斬らせるには、捨て身の覚悟が同時に存在する。

        斬らせるためには、捨て身の覚悟がなければ、斬らせることはできない。

        斬らせるということは、肉体運動的にも万全の準備があり、心を穏やかにしている状態で、相手との意識感応の瞬間を待っているのだ。

        そして、その意識感応が成立したことを感じとった時、こちらの意識を変化させる。すると、相手はこちらに斬り込んでくる、という完全に仕組まれた状態を作り出すことを捨て身という。

        「武学入門 武術は身体を脳化する」日野晃 著より

        この意識、日常で行うには、誤解も苦言も何もかも言い訳せずにプライドも捨てて、受けいれていく度量かと感じます。

        安定した状態の水月移写。そこから捨て身にいたる過程に、激動を生きるヒントがあると思います。







        | 古武道に関すること | 10:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        月刊秘伝3月号 特集「大東流合気の探求」
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          衝動買いしました。
          今日の稽古でできなかった小手詰め「接触面を通じて相手の丹田に働きかける詰め」は、重力がダイレクトに丹田に伝わるようにするのですが、そのためには、肩、腕、背中の力みを取らなければなりません。相手の丹田も感じなければなりません。
          でも、高段者の皆さんの察知力が伝えられたのか、なんとなく書店に行きたくなり、見つけました。月刊秘伝3月号。14日には4月号が並ぶのでお早めに!
          | 古武道に関すること | 20:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ゆるんでいること
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             ゆる体操の高岡英夫氏について、第三者が書かれた本を、読みました。すべてはゆるむこと…。深いです。合気も、極意も、何もかも、超一流といわれていることは、すべて身体がゆるゆるにゆるんでいるからこそ、できる技なのだそうです。

             逆にいえば、身体はそのままでいれば、年齢とともに、がちがちに固まってしまうとのこと。赤ちゃんのころは、身体が動けば内臓まで動くほど、ゆるゆるだったのに。

             学級崩壊も、ゆるみはじめた子ども達が起こした現象であるとする、高岡氏。

            高岡氏が教えていた子ども達との接し方が素晴らしい。

             嫌いなおかず、一割なら食べれるか、とある子どもに聴きます。食べれるという、と残りは自分がもらいます。その次の日から、少しずつ割合を増やしていき、ついには、その子は全部食べられるように。

             ゆるんでいるから、こそ、相手を受け入れることができる。必要最小限の筋肉で立ち、地球
            の中心軸に乗っかっていられる。最速の動きを手に入れることができる。

             高岡氏、凄い逸話ばかりですが、そのひとつを。

             佐川幸義・大東流合気柔術宗範の写真を見るだけで、宗範が、ゆるゆるにゆるんでおられると感知し、学問と武道とバラバラだった、高岡氏自身の行く道にもそのお写真からインスピレーションを受け、融和し溶け合ったそうです。

             そして、高岡氏は、現在の運動科学研究の道へと進まれたのだそうです。

            | 古武道に関すること | 19:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            のぼうの城・甲斐姫の武勇伝
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               忍城の戦いを描いた映画「のぼうの城」の主人公、でくのぼう成田長親を狂言師・野村萬斎さんが演じてはまり役です。長親のいとこにあたるのが城主の娘・甲斐姫。映画でも武器や体術を使い、達人ぶりを発揮していますが、伝えられている逸話が実に凄い。
               
               東国一の美人。映画で描かれてはいなかったですが、忍城の戦いでは、甲斐姫が200余騎を率いて加勢。その際、甲斐姫は敵方
              武将と対峙すると、「女将軍よ、そなたを我が妻としてくれる」と意気込む相手を弓矢で討ち取ったと伝えられています。

               また、後年、甲斐姫は、父への謀反を起こした浜田将監と十左衛門の兄弟に対して怒りを露わにし、反撃。
               一旦は200余人を有する浜田十左衛門の兵に対し、十数人足らずの甲斐姫は追い詰められますが、「主に刃向かうは逆賊の非人である。忠義のためなら命を惜しまない関東武士の手並みを見るがいい」と言い放つと攻勢に転じました。
               
               虚を突かれた浜田勢は総崩れとなり、甲斐姫は馬を使って逃走を図る十左衛門に迫るとこれに斬りつけて落馬させ、その首を討ち取りました。

               浜田兄弟の謀反を知り福井城へ引き返した父の軍勢と黒川へと落ち延びる途中だった甲斐姫の手勢が合流。これに蒲生氏の援軍が加わり、福井城を包囲。

               浜田将監は逃走を図ろうとしましたが、なぎなた携えて待ち伏せていた甲斐姫と対峙。両者は互角に渡り合ったが、甲斐姫が一瞬の隙を見逃さず、浜田将監の太刀を払い落とすと、すぐさま右腕を斬り落とし、生け捕りとしました。

               その後、甲斐姫は、その美貌と武勇伝が豊臣秀吉の気に入ることとなり、側室として召抱えられました。

               大阪夏の陣のあとの甲斐姫の消息は不明です。しかしこんな説があります。

               豊臣秀頼の子・奈阿姫(母は甲斐姫と同族の成田家の出自)は救出されましたが、「男性であっても困難な戦場からの脱出行」や「助命のための千姫との交渉」を手助けし、共に東慶寺に入り死の間際まで守り続けた人物が存在した可能性があるそうです。

               甲斐姫ならばその条件を満たすのでは…との推測あり。

                                    (引用 ウィキペディアより)



               

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              | 古武道に関すること | 19:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              瞑想と実戦
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                  8日の合同稽古にて 白鳳流 寝屋川支部長 H師範代のレクチャー。ご本人よりレクチャーに付随した詳細レジュメをいただきましたので、以下に写します。(さらにコメント欄にてご本人より追記いただきました!ぜひクリックを。


                 瞑想と実戦

                 合気武道は実戦で使用できるか否か、この問いに対し実際使用不可能じゃないのか?と疑問に思ったことはありませんか。
                 実戦でならした武田惣角(大東流・中興の祖)は嘘でしょうか?侍が命がけで造った技は飾りでしょうか?
                 
                 その答えの一端は瞑想にあるといったら皆さんは驚かれることでしょう。
                 三つの先(せん)、枕を押さえる、機、きざし、これら戦闘において使用する心法は瞑想により強化されます。

                 通常、先の先、先々の先、後の先という高野佐三郎氏の剣道教本に出てくる言葉ですが、読み手の解釈か、氏の説明の簡略化かわかりませんが、どうやらこの言葉は実体動作としての先(せん)と心理の動きが混ぜて解釈されている模様です。(しかも数は3となっているので始末が悪い。)

                 そこでわかり易いように宮本武蔵の五輪の書 火の巻より抜粋、こちらは実体動作にしぼって解説しています。そして心理面は 枕を押さえる という表現をしています。
                 
                 これら心、体において先んずるということ無しには実戦は語れません。
                初伝の一カ条からの118カ条は、侍の先(せん) の集大成ですが、先をとる技は剣のほうにたくさんあります。そして、機やきざし をしる術は瞑想のなかにあります。

                 惣角師はいかに侍の先(せん)の柔術を使用したか?
                師「腹をついてみろ、にしゃのような腰抜けにつけるとは思えんがな(笑)」
                敵「おちょくるなよ(怒)」「えい」
                という感じです。

                 つまり、初伝の柔術を使用するにあたって心理戦ありきなのです。ある種の同調現象をおこし技の種類タイミングを限定するのです。これは武の極意(例えば無想剣)でなく、一般的戦略です。実はこの手のしかけは種類、レベル様々ですが十分練れていれば達人でなくても勝負になります。
                 これを称して型にはめる、といいます。
                 
                 自分の特性と相手の特性を考え戦法を用意しておきましょう。惣角師は怒りを自分の烈火の心とシンクロさせ攻撃の単純化をはかったのでしょう。

                 植芝師(合気道創始者・惣角師の弟子)は畏れをいだかせ力を発揮できないよう誘導していたので、相手は試合前に飲まれていたことでしょう。また、それの効かぬ相手には試合に応じなかったという話もあります。(VS国井善弥)
                 これは国井善弥の実力ということでなくあくまで術合戦をしたい植芝師が、技合戦希望の国井師に応じなかったということです。 

                 つまり常に先をとり、策をめぐらせ、勢いにのまれず出る。技は返し技に見えて誘い技のごとく使う、機をみつけるにあたって瞑想をし、その先に柳生連也(注)のいう機を自在に操り、不意打ちにも大丈夫な境地、無想剣の世界が待っていることでしょう。


                (注)江戸時代の柳生新陰流剣術達人

                参考文献・日本武術神妙記 、五輪の書(火の巻)

                 
                | 古武道に関すること | 21:29 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                武医一如の巻
                0
                  JUGEMテーマ:日々のくらし

                    再度痛めた膝を治すために、鍛錬を休んでいたら、なまってしまいました。そのことに気づかず、異動した部署での慣れてない夜勤で、ギクッと腰痛。
                   
                   その間、咳のひどい風邪をひいたり。でも、転んでもただでは起きない。
                  そして仕事をなるべく休まないのが私の信条。

                   腰痛については、仕事でフォローしてくれた先輩方に感謝。お年寄りや身体の不自由な患者さんの気持ちに近付けた、ということもあり。この痛さを日々感じているのかと思うと、気持ちに手が届くようになりやすく共感しやすい。 「患者」を英語に訳すとペイシャント。痛みを感じているひと。

                   そして、自分の身体と日常生活とのバランスを感じるようになりました。膝を治すために鍛錬を休むことが、他の筋肉や関節にとってどうなのか。介護士はある意味アスリート。その時に即応したストレッチやマッサージなどのメンテナンスが必要なのではないか…。と思いつつ白鳳流合気武道の自主稽古へ。
                   
                   技の名手・S師範(K師範のお友達)のご指導、稽古が劇的に効きました!!!整骨院でも治らなかった痛みの苦しみが回復の喜びに!武医一如とはこのことですね。わかったことは、
                   
                   身体がゆるんでいず、がちがちだったこと。
                   姿勢がまっすぐでなく、正中線がなかったこと。
                   ゆるんでないと、合気の技は効かないこと。
                   身体使いの妙。(腕のとう骨でなく尺骨側の筋肉を使うなど)
                   達人の技は、人を癒す  などなど

                   たたかいすぎな日々を反省。何事も過ぎてはいけませぬ。
                  帰り道、ビッグイシューの欲しい号を買えました。ラッキー。

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                  | 古武道に関すること | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  達人の身長
                  0
                      大東流合気柔術の中興の祖、武田惣角 先師の身長は何センチでいらっしゃったのでしょうか?(ご存じない方へ。合気道の始祖も惣角先生の弟子でいらっしゃいました。それくらい凄い。)

                     答え 150センチでした。 同じ道場の中学1年生・K音ちゃんの身長と同じくらい。

                     このことから、達人になるのに身長は関係ないこと。がわかります。

                    剣を持ってみると、剣さばきの巧みは、あまり身長とは関係ないのと同じように。

                    身長よりも、身体の一部だけでなく全体を連動し、負荷を分散して使えているか。

                    丹田などの身体意識が発達しているか。柔軟性、バランス感覚、表層筋ではなくて深層筋の発達。

                     むしろ、相手よりも身長が低い=重心位置が低いことを逆手にとることもできる…。

                     惣角 先師は、なんと遠隔操作(!)で遠く離れた財布泥棒への攻撃もできたそうですから(それも合気の一種なんだそうです。)、こうなるともう身長どうのこうのよりも別次元ですよね。

                     

                      
                    | 古武道に関すること | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    不動心
                    0
                      JUGEMテーマ:気になること

                        昨日の記事に、不動心を記述するのを忘れてました。文字通り、動かざる心。
                        
                       緊急事態にあたっては不動心であったほうが、冷静にことを運べる。
                      夢を叶える道にあっても、初心を忘れず不動心であったほうが、後悔しなくていい。

                       人間のこころというのは、常に動いていることの裏返し。

                       (その動きかたもひとりひとりの一定の癖や型があり、身体の動きの癖や丹田などの身体意識と連動しているらしいのですが。)

                       不動心は、なんだか強そうなイメージですが、動かないということは、力むこととは違う。かたくなになることとも違う。心がまっすぐに対象に向かっていることに、近いのではないか、と。
                       
                       何度も見知って、慣れて、知恵にし、徐々に大きく広い視点をもつことができてきたら、K師範の強烈な攻撃にも初心者のときより動揺しなかったことがあり、

                       不動の心を養うひとつは、経験と知恵と大局観とが、自分にあると信じることと思いました。でも。
                       
                       それだけではなくて、今までの経験と知恵と大局観でも足りないんだと思うことも必要なんだと思います。想定外を想定しようとする謙虚さ。

                       そうやって、自信と謙虚さの重力のバランスが、釣り合うことが必要なんだと思います。

                       そうか…釣り合ったら、天秤は動揺しないですね。


                       …というわけで、宿泊先にてピンポンダッシュで安眠妨害(!)されても、不動心で妨害に負けるな、なでしこジャパン!

                      | 古武道に関すること | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |